鎌倉街道を探そう!
古代東海道と日本最大の鎌倉城
青ラインの道のD点ですが、寿福寺門前に相当します。 青いラインの「窟小路」の載った地図の脇にD点周囲の詳細な地図を載せました。 岩屋不動のあるのが、不動茶屋の場所で、、、「窟小路」のイワレだと考えるのですが、 この場所の崖が、、注目に値する場所ですが、話題は別で、 問題は、赤い線で挟んだ場所ですが... 続きをみる
ソイルマークと言うのがあります。 例えば、 学校建設の為、建設用地を整地したところ、雨が降ると黒いシミができる現象がおきた。黒いシミの形が遺跡の形であった!このシミが群馬県入野遺跡の発見になりました。 この地面のシミをソイルマークと言います。 群馬県新田町の大東遺跡の道路遺構も、畑の中に道路の溝と... 続きをみる
何故、赤い点線の道は消え、青い道があるのでしょうか? そんな資料は無いので、、、憶測するのですが、 憶測とするのは、言い過ぎで、多少の根拠を踏まえて考えるのですから推測ですね。 頼朝以前は、古代東海道として、赤い点線まで直線道が有ったとして、 八幡宮造営に伴い一の鳥居に平行に立派な道を作った!(段... 続きをみる
この青マークの道は、 「とても古くから有る道です。」 っとされています。 具体的にどの程度古いのか? きっとそれに答えるとすれば、 「明治の地図に載っています」 っと言う事になるでしょう。 明治の初期に作られた地図ですから、江戸時代にも使われていた筈です。 それ以前は? 鎌倉時代に使われたかも?... 続きをみる
明治の地図に赤マークを付けたA~Bの道は、六浦道と呼た特に直線的な場所です。 それに対応する西側の道は、青でマークしたC~Dです。 さて、、 この道の直線性は八幡宮に分断されていますね! 赤マークを付けた道のBには、筋違い橋という名があります。 道筋を違えたと言う訳でしょうね。 何時道筋を変えたの... 続きをみる