鎌倉市内で古墳時代の石棺墓発掘 9
上は、戦前の江の島稚児が淵の絵葉書で見る波蝕台です。 6000年前より海面は安定し2~3m程度の変化と思われます。 特異なのは関東大震災で、1m程隆起した事です。 波蝕台がこの様に平らな面をしている事は、6000年間海面の大きな変化は無かった事を示しています。 古墳時代の海水面水位の話ですが、一... 続きをみる
古代東海道と日本最大の鎌倉城
上は、戦前の江の島稚児が淵の絵葉書で見る波蝕台です。 6000年前より海面は安定し2~3m程度の変化と思われます。 特異なのは関東大震災で、1m程隆起した事です。 波蝕台がこの様に平らな面をしている事は、6000年間海面の大きな変化は無かった事を示しています。 古墳時代の海水面水位の話ですが、一... 続きをみる
上は、見学会パンフレット。 長谷小路遺跡の現在の標高は、11m です。 その4~5m下に石棺墓が出土した訳です。 その標高は 11m-4m=7m っとなります。 台風の高潮等も考慮に居れれば、海水面より7mの高さは妥当な設置高度と思えます。 それでも、海の砂は墓から2mの高さに堆積した訳です。... 続きをみる
先ずは、上の地層の年代です。 平安後期~鎌倉初期の上に砂地とは異質な土砂が乗っています。 この土砂の地層は「明治時代」との説明です! 稚拙で考えのない 無神経な回答と考えています。 この地には、室町、戦国、江戸時代は無かったのか???? 上の写真 石棺の上数十㎝が平安時代の住居跡で4~5m程の深さ... 続きをみる
上の写真は、文化財課の提供写真です。 今気が付きましたが、平安時代末期~鎌倉時代初期の湿地堆積と言う表示が有りますね! 下半分は砂地で、上半分は土砂な訳です。
さて、、 見学会ですが、 肝心の説明する人は距離を置かれた状態で、質問が出来ません。 問題は、地層の状態ですが、、、 半分から下は砂地で、上半分は見た通りの土砂です。 人工的な埋め立ても絡む訳です。 どの様に解釈したらよいのか? さとう-さんの説もお聞きしたいのですが、、、 どうせ、情報不足で憶測... 続きをみる
> 堆積土砂の起因 (さとう) > 12日に開催される説明会で是非調査担当者にご確認ください。 > フォローアップをお待ちしています。 発掘現場見学会見学してきましたが、、、 鎌倉市教育委員会文化部文化財課と話が出来る雰囲気ではなかった。 それでも、シツコツ係員に質問をしたのです... 続きをみる
緑に囲まれた場所を掘り起こしたのです。 少ない情報を総合すると、、、、、 箱式石棺墓が出土した江ノ電「由比ヶ浜駅」より200m西に「染屋太郎大夫時忠邸址」の碑が有り、駅の北に50mには石棺墓発掘場所です。 染屋太郎大夫(由井の長者)の頃は、鎌倉の長者窪を源流にしたイタチ川周囲の製鉄業が鎌倉を... 続きをみる
場所は、上図の黒くチェックされた鎌倉市由比ガ浜三丁目11-48の「長谷小路周辺遺跡」です。 > 古墳時代(五~七世紀)の箱式石棺墓と、ドコウ墓が出土した。 > 墓の場所は海から400m程の江ノ電「由比ヶ浜」の北側50mです。 > 8~9世紀の竪穴住居跡の下の層に在った。との事です... 続きをみる
鎌倉時代の話が大半の『武家の都鎌倉』ですが、 > tvkニュース(テレビ神奈川) 6月7日(火)14時23分配信 > 鎌倉市内で古墳時代の箱式の石棺墓と埋葬された人の骨が発掘されました。 > 石棺墓が見つかったのは鎌倉市由比ガ浜の海岸から400メートルほど > 内陸に入った... 続きをみる